米百俵・常在戦場

 

栃倉酒造株式会社/長岡市

 
    
小泉純一郎元首相の所信表明演説でも取り上げられた「米百俵の精神」が生まれた舞台は、長岡。戊辰戦争で破れて焦土と化し、石高も減らされた長岡藩の窮状に、支藩から救援の米が贈られた。
「これでお腹が満たされる」と藩士は喜んだが、藩の大参事だった小林虎三郎が、将来の人材育成のため藩立の『国漢学校』を開設する資金に充てる。
国漢学校はその後の長岡洋学校の前身で、現在の県立長岡高校へと受け継がれて、山本五十六など数多くの秀才を輩出してきた。
1904年創業の栃倉酒造、創業時の酒名は「日の露」。
この由来は、酒蔵の裏山にある社(やしろ)の名前(日光社)からでしたが、時は折しも、日露戦争の真っ只中。
戦勝祈願も込め、創業者・栃倉辰治郎は「日の露」と命名しました。
「米百俵」は、目先の満足ではなく先々の成長を考慮した行動を取る精神を酒造りに活かしていこうという思いを胸に、先代社長の恒栄氏がこの銘を用いました。

現在は四男の栃倉恒哲(つねさと)氏が社長と杜氏を兼任しており、2016年からコストを掛けた「全量酒造好適米」を用いての酒造りを行っています。

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