米百俵



戊辰の役で窮乏の極みにあった長岡藩を見かね、支藩であった三根山藩より届けられた百俵の支援米を、時の大参事・小林虎三郎は「当座をしのぐために配給しても数日ももたない」として、国漢学校設立の資金として人材育成に充てました。後に国漢学校からは多くの人材が輩出し、将来を見据えた病翁(小林虎三郎)の英断として高く評価され、この「米百俵の精神」の故事は山本有三によって戯曲化され、世の人の広く知るところとなりました。

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